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活動報告ブログ - 2016年10月

2016年10月07日(金)

10月7日 継承

皆さん、こんにちは。

 今朝のスタートは、早朝5時からの朝起会から。

 昭和47年10月7日、上廣榮治 現名誉会長が実践倫理宏正会の第2代会長に就任されたということで、毎年この日の朝起会では、その著書である「継踵(けいしょう)」の「御本読み」から始まります。

 「けいしょう」は漢字で書くと「継承」となりますが、「踵」の字を使われているところに、また意味深いものがあります。

 「継承」とは、『前代の人の身分・仕事・財産などを受け継ぐこと』と辞書にありますが、折しも先般、私もこの「継承」についいて一文の寄稿を頼まれました。

 と、書くと大そうに聞こえますが、柏原納税協会の会報「納税だより」が100号を迎えるにあたり「100年企業紹介」という企業紹介ページの原稿依頼です。

 改めて家業の歴史を振り返る良い機会をいただいたことに、まずは感謝です。
 で、色々と資料を掘り起し、まとめてみますと、そこそこの文量になります。
 100年の流れをわずか520字内という指定枠に収めようとすると、削って削って、さらに削って・・・

 少し紹介しますと・・・

 ・私の曽祖父が淡路で商いを始めたのが明治26年 
 ・その曾祖父が、取引先の神戸で親交のあった、古川岩太郎中佐(後の篠山町長)に誘われ、歩兵第70連隊創設に伴い、篠山の地に商いの拠点を移したのが、明治42年。
 ・順調であった陸軍御用達としての商いは、敗戦とともに壊滅。
 ・復興期~高度成長期は、学校給食用パンを主に商いを展開。
 ・昭和50年代に入ると、米飯給食の導入や、少子化が懸念され始め、給食事業にも陰りが。
 ・新たな展開としてFCに加盟、“焼き立てパン”の店舗販売に活路を求める。
 ・平成に入り、“焼き立て”店舗も一般的なものとなり、競争の激化や消費趣向の多様化等々の課題に直面し、その対応を迫られる。
 ・平成11年、観光に着目し、古民家の意匠を前面に出した店構えに改装。商品も、究極の選択と集中の断行で、主力の黒豆パンほぼ一本に絞り、現在に至る。    

 ここから見えてくるのは・・・
 篠山に移り、以降百余年。時代の潮流に翻弄されながらも、パンづくりという軸はそのままに、それぞれの世代で商いのやり方を変えることで乗り切ってきたこと。

 これが今までかろうじてパン屋として「続いた理由」。
 では、「この先は」となると・・・

 これに比べれば、市内の農家さんには“農業”という機軸を脈々と受け継がれ、何百年もの間、“農”の営みを継承されている“家”がたたくさんあります。

 ここに、“糧”を生産する農業の凄さがあるのではないかと思います。
 農業を取り巻く環境も大きく変化しつつあり、まさに潮目にあるのかもしれません。

 『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である』
 とは、チャールズ・ダーウィンの言葉です。

 農業の分野で「変化できる者」であれば、さらなる飛躍のチャンスではないかとも思います。 

 『農都 篠山』の飛躍もここにあるのではないかと。

 明日から城下周辺では、丹波篠山味まつりが、3日間にわたり開催されます。
 これに単に乗っかるだけでなく、真の意味で「変化できる者」となれば、さらに篠山の価値は高まり、大いなる宝を次代へ継承することが出来るのではないでしょうか。

 昨年の入込数は、3日間で88,000人。
 三の丸広場会場では、用意も整っています。
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